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SAWA Vol.1 海外への旅 - かしわーど・柏ミニ文学賞

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SAWA Vol.1  海外への旅     (RegNo.0019)
タイトル: 「SAWA Vol.1  海外への旅」
ジャンル: 小説
 

プロローグ

 木村沙和 中堅の文具メーカーに勤める25歳のОL。いつ頃からだろう。沙和の脳神経に時折スイッチが入るようになった。これが入ると、沙和は夢をみる。はっきりとした、ブレの無い完璧に整合性のある夢だ。
  時空間を超えて沙和は飛び、そこにもともと「いる人」として、周囲から認知されている。ただ、年齢はそれぞれでも、沙和の本質は変わっていない。感性も記憶もそのままに、「夢の中にいる」ことを知っている。そして辿り着いた「その世界の状況」をすっかり把握した状態で、夢に飛ぶ。そこにいる「沙和」を演じる、ということなのか。
最初の旅は海外、アメリカとトルコだった。ここでの夢は、哀しい結末を目にする。それでもそこで沙和は何かを拾った。何のために……
 最初、沙和は自分がどうしてこんな夢を見るのか悩んだ。検査をしても異常は無い。時と場所を問わず、フッと目の前の場景に一枚ガラス板が入ったようになり、周囲の音のボリュームが少し落ちるのだ。そしてちょっと胸がドキドキして・・夜、夢をみる。
 最近はあまり気にならなくなったが、あの不思議な感覚。「ご案内」が届くと、うっすらと汗をかく。

19歳の儀式

現代・弁護士・シカゴ


 「おはよう、サワ」
「あらフランク、早いじゃない。」爽やかそうにしているが、今朝のわたしの調子はイマイチだ。
「アンナの取調べは進んでないみたいだ。話がブレる」
「まだ動揺してるでしょうね」
「両親の話は?ふたりの喧嘩を止めたくて、興奮して、思わず発砲したってのは?」
「どうかしてるわね、フランク!まだ睡眠中なの?」
  二日前の事件だ。言い争いを止めない両親に向かってアンナは泣きながら銃を撃った。弾は母親の膝に当たった。幸い酷い怪我にはならずに済んだが、問題は殺意と計画性の有無だ。銃は父親のものだが、きちんと保管されていた。そして現場となったリビングでふたりは、ソファーに向かい合って座っていたのだ。ガラステーブルを挟んで・・・喧嘩を止めたくて興奮して思わず発砲したのなら、天井か、正面の壁に当たるだろう。初めから対象を母親に定めて、銃身を斜め下に構えて発砲。そう考えるのが自然だ。瞬間的に父か母かを決めたのだとしたら、あまりにも残酷だ。わたしは何かに引っかかっている。
 「大丈夫?サワ、二日酔いみたいな顔して」
  心配してる? からかってる?「昨夜は鍋パだったのよ」そう、盛り上がっていたその時に「ご案内」が来たのだ。
「へっ! 鍋パ? 」
「あっ・・ほら、日本人の友達に教わったの。テーブルの上で料理して、そのままみんなで食べるのよ」まずい、説明に成ってない。
「そんな事よりフランク、アンナの友達にあたってくれないかしら」
「大学に行けば話を聞けるだろう」
「ハイスクールもお願い。彼女自身についての情報が欲しいの。あっ!ボーイフレンドも忘れないで」
「了解。でもサワ、いったい何が気になってるんだ?」
 わたしが知りたい事ははっきりしている。
 「動機よ」


 やっと面会に辿り着いたか。駐車場は無いし、手続きは面倒だし。弁護士は犯罪者じゃないわよ! 刑事の方がよほどそれっぽいわ。
 それにしてもフランクときたら・・・熱心に話を聞いた女の子12人、男の子ひとりって、ほとんど付けたしじゃない。この調子じゃ、今年中にロースクール卒業なんて無理ね。百年位かかればいいんだわ。
 アンナの学生生活は健全だ。成績も中の上というところか。明るくて目立つが、自分からリーダーシップをとるタイプではなさそうだ。時折母親とテニスをしていたようだが、サークル活動には参加していない。アンナの両親は、この景気悪化で苛立ってはいるけれど、特別険悪、という程でもない。彼女は父親よりも母親との方がずっと仲が良かった。母親がモールで仕事を始めたのは、アンナが大学に入学してから。それまではジャムもクッキーも手作りする、専業主婦の優しい母親・・・
 アンナ19歳。あなたは、何をしたかったの?


 「はじめまして、アンナ。弁護士のサワよ。少しは眠れてる? 」
「あまり・・あの、弁護士さん、母の具合は? 足は大丈夫でしょうか。」
 震えている?「サワでいいのよ。ええ、お母さんの怪我は平気よ。今はあなたの事を心配している」
「・・・」
「ねえアンナ、話して欲しいの。喧嘩を止めるため、だけじゃないわよね?」
 凍りついたようなアンナの表情。やがて震える唇から、搾り出すように出した言葉は「・・親殺しの儀式・・」
「オヤゴロシノ ギシキ」


 シカゴの街は、ほんの数ブロック進んだだけで、そこに住む人達の層が違って見える。まして川を挟んだ向こう側に見える景色は、点在する工場と灰色の空が重なりいっそう重苦しい。これがシカゴの冬だと思い知らされる。
 アンナは自立したかったのだと言った。「ママは優しいし、映画やショッピング、いろんな所に連れてってくれる。お小遣いは少ないけれど、代わりに欲しいものを買ってくれる。一緒にテニスもはじめたわ」
「ママの事、大好きよ。でも、友達とサークルに入った方が楽しい、こっそりボーイフレンドとドライブした方が楽しい、そうなんでしょ? そう思えるようになりたい、そういう生活を楽しんでみたいって思ったの」
「本で読んだのよ。自立のためには親殺しが必要だって書いてあったわ。もちろん本当に殺す訳じゃないわ。儀式なのよ」
  ここまで一気に話すと、アンナの瞳には涙があった。
「後悔している、どうすればいいのか分からない」と泣きじゃくるアンナにわたしは、「ご両親にすべてを話しなさい。気持ちの全てを包み隠さず話しなさい」と言った。
「許してもらえるのかな・・」
「きっとね。お父さんとお母さんだもの」


 「胆略すぎて哀しいな」
 親殺しの儀式とは精神的な自立のプロセスを総括した比喩に過ぎないはずだ。親と言い争い、時に泣かせ、心配をかけて、気が付くと自分の道を歩いている。そして親との関係が少し変わっている。自立ってそんなものじゃないかな。19歳になるまでアンナは何をして、何をしないで生きてきたのだろう。
「それで警察は?」そう言いながらフランクは、近くのダイナーで買ったコーヒーを渡してくれた。
「セラピストのところに通う事を条件に、なるべく早く返すつもりだと言っていたわ」
「ねえフランク、実家には帰っているの?」
「時々ね。ぶつぶつ言いながらもおふくろさん、オムレツにチーズ入れてくれるんだよ。なんだかんだ言ってもかわいい息子なんだよ、オレ」
「出来の悪い息子程かわいいって!?」
「うるさいよ。サワってホントうるさい!」
「はいはい」
人の事言えないな……わたしもあんまり帰ってないから。千葉の柏、電車で一時間もあれば帰れるのにな……
 この次家に帰ったら、肉じゃが作ってお父さんとお母さんに食べてもらおうかな。ふっと実家のこたつが目に浮かび、少しだけ胸が熱くなった。

 荒涼

「やっぱりわたしはマチュピチュだな」沙和は旅行好き
 ランチタイム、始まりは誰が言ったのか「あ~あ、温泉行きたい」からだ。
 ろくに実家には帰らないのに、旅行の時は腰も軽い。小さい時には花がいっぱいの『あけぼの山公園』でさえ嬉しかったのに……どうしても長い休みは海外に目がいってしまう。
 「世界遺産ねぇ」「古代遺跡って、ほらロマンあるじゃない」
 話はどんどん大きくなる。


 教師 トルコ 第四次中東戦争後


 ちょうど数学の授業が終わった直後だった。
 ナージーが面会に訪れた時、考えられるあらゆる不安定な状態に包まれていた。やつれた顔、落ち着きの無い動作、身なりはそれなりに整ってはいたが、16歳の少女の怯えきった目。この子がナージーか……
 「お兄さんから、確かにあなたのことを頼まれたわ」わたしは落ち着きを装った。
 「兄さんは今どこにいるの! 」「お願い、ターヒルを止めて……」ナージーの口調は、はっきりしていた。
 ヨーロッパと中東にはさまれたトルコなら、何とかなるとターヒルは考えたのだろう。半年程前、ヨルダンからひそかにこの国にやって来た彼は、学校の近くのガソリンスタンドで働きながら、人を探していたらしい。信頼できて、しかも目立たない人を。ターヒルは教師をしているわたしに目を付け、少しずつ近づいて来た。慎重に機会をうかがっていたのだと彼は言った。
 「この前の戦争で、家も両親も、妹以外のすべてを無くした」
 ターヒルの言葉に、17歳の面影はみじんも感じられなかった。やっとの思いで妹と二人、パレスチナからヨルダンのサルトに辿り着いた。勾配のきつい丘に、沿うようにつくられている古い街サルトは、街全体が遺跡のようなたたずまいを見せる。ここで二人はゴミのような暮らしをしたらしい。
 そしてやがて、ターヒルはナージーを安全な場所にかくまうと、自らは地下にもぐった。過激派の組織だ。
 「ナージーをうまく脱出させたら、ここでサワに受け取って貰いたい。もちろんとりあえずでいい。金は持たせる」
 正直言って、わたしは気が進まなかった。イスタンブールも学生運動が激しさを増し、決して安定した情勢とは言いがたい。
 「ひとつ聞いてもいい? 」わたしはターヒルに尋ねた。
 「主義、主張、神の名の下にと言うけれど、過激なゲリラ活動で本当に世界が変えられると思っているのかしら」
 「主義、主張? 」半ばあざ笑うように彼は言った。
 「生きるって何だか知ってるか? 命を取られずに飯が食えるってことだ。オレは組織に入った。ただ、生き延びるためにだ」
 「生きてやる」
 この時、断れる理由がないことを、わたしは悟った。


 ナージーをわたしのアパートメントに連れて行くと、まず熱い風呂を用意した。そして二人で食事をすると、彼女は少し落ち着いてきた。
 それにしても表情が乏しい。無機質と言ってもいい位だ。
 「ここって不思議な所ね……アラブではないし、ヨーロッパとも違う。わたし学校に行ってた頃は地理が大好きだったわ」
 「そうね、わたしの生徒達にも、難しい公式を覚えるより、世界地図のほうが人気があるわ」
 そしてわたしは慎重に尋ねた。
 「ねえナージー、あなたさっきお兄さんを止めてって言ったわね。残念だけどわたしターヒルの居所は知らないの」
 「……」
 「教えてほしいの」それ位の権利はあるだろう。
 「何があるのかはわからないわ、でも……」ナージーが口を開く。
 「パレスチナからヨルダンに逃げ込んだようなわたしが、どうしたら一人でここまで無事に来ることができると思う? ターヒルから手紙が来たの。ここに来るようにって……その時、お金と必要な書類が一緒に送られてきたわ。ちゃんと辿り着くために、何かの力が働いているに決まってる、そうでしょ? 」
 確かにナージーの言うとおりだ。
 わたしはサイズの合いそうな服二、三着とパジャマを渡して、彼女を少し早めにベッドに入らせた。
 やはり断るべきだった。わたしには荷が重過ぎる。
 窓の外、モスクの屋根が月明かりの中でうっすらと浮かび上がる。寝付けなかった。
 ところがその何かは、既に始まっていた。


 翌朝、頭が痛むのを我慢しながらリビングへ行くと、ナージーが固まったようにテレビにくぎ付けになっていた。画面はトップニュースとして、破壊された駅の構内を映し出していた。
 「いったい何なの! 」
 アラブの主要都市にある鉄道の駅で、自爆テロが起きた。死者10数名、負傷者30名程度と伝えていた。
 「兄さんだわ! 」
 「まさか、そんな! 」ナージーはどうかしているに違いない。ターヒルが? 自分が関わった人が? わたしは奇妙な笑い声をあげた。
 「見た人が話している犯人の特徴が、兄さんそっくりなのよ! 」ナージーはヒステリックに叫び、挑むような目をわたしに向けた。動揺と恐怖が交互にわたしを襲う。
 やがて乾いた口調で彼女が言った。
 「死んだら終わりよ」
 決定的なひと言だった。哀れなターヒル、かわいそうなナージー、戦争の悲劇をいつまで背負うのか。


 「サワに迷惑がかかるといけないから」そう言って、彼女は少ない荷物をまとめた。もうしばらくここにいた方がいい、そう説得するわたしの言葉を振り切って、出て行くと言うナージー。
 彼女を見送ったそのすぐ後に何かがカチっと来た。
 いったい、どこへ行くというのだ。半ば濁ったターヒルの目。兄を亡くしても尚、無機質なナージーの表情。
 「生きのびるため」ターヒルは言った。
 「死んだら終わり」ナージーは言った。

 シンダコトニナレバ、スベテオワリニシテイキノビルコトガデキル

 ヨルダンでゴミのように暮らしていた人間が金を持っていた。報酬だろう。目撃者がいると言っても、人が行き交う駅のベンチで、壁にもたれかかり帽子を目深にかぶって、リュックを両腕で抱えていた少年だ。どれ程確信が持てるだろう。偽装……
 どこかの誰かがわたしを訪ねてきたら、わたしはこう言うしかない。
 「ええ、確かにナージーは兄さんだと言ったわ」
 だとすれば、わたしは二人に騙されたということだ。そしてナージーはあてもなく出て行ったわけではない。
 考えるのはやめよう。想像しても意味がない。
 ターヒルもナージーも姿を消した。わたしがするべきことは、わたしの生徒達に伝えることだ。
 憎しみは憎しみを作りだす。戦争は狂気そのものだ。
 それでも長い歴史の中で、血に塗られた過去を持たない国などあるのだろうか。


 おばあちゃんのお兄さんね、東京で大きい空襲があった時に死んじゃったの。熱さに耐えられなくて、川に飛び込んじゃってねぇ……防空壕も何も、安全な所なんて無かったからねぇ。
 沙和が小さい頃、祖母はそんな話を沙和に聞かせた。

 旅行で訪れるのとは違う、想像すら出来ない夢の旅だった。
 そしてその後、沙和の元に届く『ご案内』は、日本。ここで彼女は何を感じるのだろうか。

author: Kaori Yoshida
registration No. 0019
application date: 29 August,2009
published date: 29 August,2009


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